家事不要論は危険度大。その思想に未来はない

家事不要論は危険度大。その思想に未来はない

家事不要論は危険度大。その思想に未来はない

家事って休みがないし、大変ですよね。

例えて言うなら、休みなく歩き続けるという感じ。

「ものすごくプレッシャーがかかる」というものではありませんが、とにかく終わることのないエンドレスタスクです。

最近では「家事なんて不要。ご飯はすべて外食、掃除はロボット」なんて言う人もいます。

シンガポールの一般家庭では外食するのが普通で、「3食家で」というほうが珍しかったりします。

ですが、みなさんホーカーズ(屋台)で家族仲良く団らんしながら食べています。

つまり、「手料理こそが絶対的な善であり愛情のバロメーターである」という主張は少しずれている気がします。

では、手料理や家でのアイロンがけに意味はないのでしょうか?

こんなデータがあります。

大震災の後、奥様を亡くされた年配男性に「栄養障害」や「アルコール中毒」を発症する人が多くいました。

料理の経験や経験がなく、栄養的な知識もない。もちろん精神的なダメージが大きく食欲を失っていたということもあるでしょう。

ですが間違いなく言えるのは、「生活力がなければ健康を維持することはできない」、つまり、家事ができないということは生きる上で危険度大なのです。

家事不要論は危険度大の思想であり、日本の未来を閉ざしてしまいます。

時にはレトルト食品やクリーニング店に頼りながらも、男性女性を問わず、手料理や雑巾がけも大切にする生活、そんな未来がいいですよね。